ホップが瑞々しく茂り、ビールを仕込めと唆すような

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裏庭の塀の向こうにゴミ置き場(我が家の指定収集所)がある。そこにホップが自生している。どこからどうしてそうなったのか、突如として昨年から自生し始めたのだ。

これはもうあれよ、私を誘ってるのか唆してるのか、どっちにしても同じで、どうだいビールでも仕込んでみるかい?ってな展開になるようこの状況が提供されているのだ、と昨年の夏にそう考えた。

来年の夏こそ実行に移そうと思っていたが、今年は夏の始まりに私的な事件勃発で引っ越しの決断をした。当初の目論見によれば引っ越しは済んでいたはずである。しかし現実は厳しい。甘い見積もりは実現しはしない。

こんなことならホップでビールを仕込める時間はどうにかこうにか作れたのかもしれない。いや、精神的に体力的な面からすればそっちに向かうことはできなかっただろう。今年もまた勢いよく茂るホップを眺めるだけだ。

この話からすれば言うまでもないが、引っ越し先は今日現在まだ決まっていない。断崖絶壁で強風に叩きつけられる思いだ。が、窮地の今こそ好転機。そんなふうに大口はまだ叩ける。

だって、だってさ、つい最近のこと、ほぼ全財産と借金(家購入のための借入金)を失いそうになる寸でのところで、いやそれどころかもしやそれ以上に危うくなるかもしれぬ事態を回避し蘇ったのだ、まだ運はある。そうだよ。

それらは、そうだ、あまりのホップの唆しように白昼の妄想ということにしておこう。そうしておきたい。瑞々しくホップが茂っている。そんなゴミ捨て場のある家に住んでいる私さ、大丈夫だ。

 

 

出陣の前には赤い百合を見てからの今夏

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8月も残り1週間ほどになってしまった。この家の庭で赤い百合を見られることはもう無い。これから書く記事内容とは関係ないが、赤い百合を見ていた今夏の思い出としてこの写真を使いたくなった。

 

 

さて、書くか。この度の家探しについて。

事の発端は6月の終わり。被害やら闘争やら諸所が絡み合う事態が勃発して、それらを解決するための時間や精神的な労苦から免れるほうを選び、即座に引っ越しを決めたのだった。

決めたはいいが、これほどまでに家の決定に時間が掛かるとは予測していなかった。希望としては夏休み中に引っ越しが完了すればいいが、それが無理だとしても今後の暮らしの予定がはっきりと立つように転居先は決定しておきたかった。そうしなくてはいけなかった。

7月当初から交渉代理人を立て、希望に適っているだろう家を見ることに時間を費やす。恐ろしく強行でも可能な限り費やす。通常はとそう一括りにして語れるものではないが一般的な予算内において北米ではとすれば、知人や交渉代理人筋からの話や自らの経験を総合すると、大概6カ月くらいの間に30件ほどを見て回るのではないか。たとえば初購入でじっくり時間をかけられるなら1年から数年かけて100件を超えて吟味して学びを深めたほうがいいと思う。

我が家の場合、大陸を跨いでを含め各地での転居経験が多いこともあり、市場の状況を鑑みてもなお今回の流れを甘く見積もっていたのだ。本日時点までの結論としてはそうなる。

7月の中旬までで内覧件数は16。1件を除いてはすべて居住中の状況にあった。だから私の都合はもちろんのこと、交渉代理人と家の居住者の予定が合致する日時にしか内覧は可能とならない。これなんだな、まず第一の難関は。当地の規定として内覧時は居住者は建物内にいてはならないから、わざわざ留守にしてくれる故30分~1時間だけを時間指定されたりして、何が何でもその時間に合わせて行くのだ。彼はそれには合わせられないから、とりあえずまずは私が見て、入札対象(購入希望の家)を絞り込んでから彼と一緒に再内覧した。

私が気に入った家は、他人だって気に入った可能性が高いわけで、ぎりぎりの線での勝負を挑む私の価格提示は、そうだよ、負け易いのだよ。入札して負けて、入札して負けて、と負けを2回繰り返して、気が付けばすでに8月へと食い込んでいた。1か月間以上も寝食を忘れるが如くというのはちょっと大袈裟でもなく、とにかくそのような気概で奔走したのが水の泡だ。

8月半ば、入札したくなる気に入った家が見つかった。そして只今、交渉難航中。当然ながら入札の競合者はいる。手強い達者だ。価格を競っている。ケチで堅実(笑!?)な私が率いる我が家チームとしては、引っ越し期限の猶予がもうほとんどない故にどうしてもここで決めてしまいたがるため、無理をしてでも競り勝とうとする。いや、いや、それはダメだ。ケチを極めて生きる道から外れたら生き間違えるではないか。

応戦を続けるのか。降りるのか。そして、一から始める覚悟で別を当たるのか。どうなる、この先。

 

 

あの日、ぜんまい仕掛けの夕食支度

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今日はひときわなんだかどうも変な呟きになりそうだ。昨日は北米において99年ぶりの広範囲な皆既日食が起こった。自然現象の影響を受けやすい質だと感じている私は、こんな日には細心の用心を念頭に置いて過ごしている。

 

どうやら無事に終えられそうだと少し気を抜いたのだろう夕暮れのこと、夕食の支度を進めていた。リーク(ポロ葱)を輪切りにしてガラス製の耐熱容器に入れ、塩をぱらっと振りオリーブオイルをたらりと垂らして、オーブンで焼いて仕上げてリークの美味さを濃縮して焼きの風味を加味して堪能しようとしていたのだ。

ちょうどいい頃合いに焼けたと思う時点で、容器をオーブンから取り出した。リークの重さはほとんどないが、厚さ1cmの頑丈な容器は軽くはない。ゆっくりとした動作で。その光景は少し離れたところから大画面で見つめたように、異様に鮮明な映像として記憶に刻まれている。鍋掴み手袋をはめた私の両手は容器の両端を持って、調理台に載せた。指先に妙な振動が伝わったと感じたその瞬間、目の前にあるガラス製の耐熱容器が木っ端微塵に弾け飛んだのだ。

ホラー映画さながらに、割れて鋭利なガラス片が頭上から降ってくる。瞬きする間もなく事は進む。避ける猶予はない。恐怖で硬直した身体は動かせずに視線だけをやや下に向けるが、その現実を受け止め切れずにいる。やがて素足にじんわり熱さを感じる。割れたガラス片がまだ熱を包していて、それが素足に触れているのだとわかる。

恐ろしさで飛び退きたかったが、どういうわけかやたらと冷静だった。冷静というのは誤認で、呆然として動きが極度に鈍っただけかもしれないが。とにかくまずは、ガラス片がぐるりと足の周りを囲んでいるのを見た。真後ろにまで飛び散っていた。

 

カプセルだかトンネルだかそんな中にいたかのように守られていた。無傷だったのを確かめた。不可解だ。不可解ではあるが、とにかく有難い。そうだ、有難いよ、感謝で震えるよ、などと生きているのを確認しようと敢えて声に出して言ってみてそれを聞いてみる。良かった、とにかく片付けるさと手足は動く。

 

片付けを終えると、ぜんまい仕掛けのような動きで顔面蒼白なまま料理を続行する。料理の他にどうすればいいか思い付かないのだ。リークをオーブン焼きできなかったのなら、フライパンで炒めよう。それはもう無し、もしくはこの日の夕食には出前を取る、それとも食べない、なんて選択が妥当そうな気はする。なにしろもしかすると最悪の事態になっていた可能性だってなくはなかった直後なのだから。しかし、妥当そうな判断ができないのだよ。あれがダメならこれだとばかりに、機械的に無表情でリークをフライパンで炒めた。

 

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ジャガ芋を千切りにして、これはモヤシと炒めた。顔は強張ったまま、身体全体は極度に緊張したまま、ぐんぐんずんずんすごい勢いで料理する手は休めない。その手を休めたら、我に返って恐ろしさからの逃げ場がなるぞとばかりに。

 

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骨付きの牛肉も焼く。呼吸するのも忘れているかの如く、追い立てて追い込んで作業は続く。

 

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できたよ。白飯と盛り合わせ飯にして食べて。子供たちに向けてそう声掛けした途端にその場にへたり込んだ。

へたり込んだ私の身体は、それでも依然として機能している。ぜんまい仕掛けさながらにぎこちない動きの生き物は、顔面蒼白ながら呼吸を忘れそうになりながらもこうして料理写真を撮っていた。まさに機械的だ。我ながら哀れなほど滑稽だ。

皆既日食には殊更関心はないが、この日は命拾いしたカプセル体験として私の記憶に刻まれた。

 

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