あの日、ぜんまい仕掛けの夕食支度

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今日はひときわなんだかどうも変な呟きになりそうだ。昨日は北米において99年ぶりの広範囲な皆既日食が起こった。自然現象の影響を受けやすい質だと感じている私は、こんな日には細心の用心を念頭に置いて過ごしている。

 

どうやら無事に終えられそうだと少し気を抜いたのだろう夕暮れのこと、夕食の支度を進めていた。リーク(ポロ葱)を輪切りにしてガラス製の耐熱容器に入れ、塩をぱらっと振りオリーブオイルをたらりと垂らして、オーブンで焼いて仕上げてリークの美味さを濃縮して焼きの風味を加味して堪能しようとしていたのだ。

ちょうどいい頃合いに焼けたと思う時点で、容器をオーブンから取り出した。リークの重さはほとんどないが、厚さ1cmの頑丈な容器は軽くはない。ゆっくりとした動作で。その光景は少し離れたところから大画面で見つめたように、異様に鮮明な映像として記憶に刻まれている。鍋掴み手袋をはめた私の両手は容器の両端を持って、調理台に載せた。指先に妙な振動が伝わったと感じたその瞬間、目の前にあるガラス製の耐熱容器が木っ端微塵に弾け飛んだのだ。

ホラー映画さながらに、割れて鋭利なガラス片が頭上から降ってくる。瞬きする間もなく事は進む。避ける猶予はない。恐怖で硬直した身体は動かせずに視線だけをやや下に向けるが、その現実を受け止め切れずにいる。やがて素足にじんわり熱さを感じる。割れたガラス片がまだ熱を包していて、それが素足に触れているのだとわかる。

恐ろしさで飛び退きたかったが、どういうわけかやたらと冷静だった。冷静というのは誤認で、呆然として動きが極度に鈍っただけかもしれないが。とにかくまずは、ガラス片がぐるりと足の周りを囲んでいるのを見た。真後ろにまで飛び散っていた。

 

カプセルだかトンネルだかそんな中にいたかのように守られていた。無傷だったのを確かめた。不可解だ。不可解ではあるが、とにかく有難い。そうだ、有難いよ、感謝で震えるよ、などと生きているのを確認しようと敢えて声に出して言ってみてそれを聞いてみる。良かった、とにかく片付けるさと手足は動く。

 

片付けを終えると、ぜんまい仕掛けのような動きで顔面蒼白なまま料理を続行する。料理の他にどうすればいいか思い付かないのだ。リークをオーブン焼きできなかったのなら、フライパンで炒めよう。それはもう無し、もしくはこの日の夕食には出前を取る、それとも食べない、なんて選択が妥当そうな気はする。なにしろもしかすると最悪の事態になっていた可能性だってなくはなかった直後なのだから。しかし、妥当そうな判断ができないのだよ。あれがダメならこれだとばかりに、機械的に無表情でリークをフライパンで炒めた。

 

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ジャガ芋を千切りにして、これはモヤシと炒めた。顔は強張ったまま、身体全体は極度に緊張したまま、ぐんぐんずんずんすごい勢いで料理する手は休めない。その手を休めたら、我に返って恐ろしさからの逃げ場がなるぞとばかりに。

 

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骨付きの牛肉も焼く。呼吸するのも忘れているかの如く、追い立てて追い込んで作業は続く。

 

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できたよ。白飯と盛り合わせ飯にして食べて。子供たちに向けてそう声掛けした途端にその場にへたり込んだ。

へたり込んだ私の身体は、それでも依然として機能している。ぜんまい仕掛けさながらにぎこちない動きの生き物は、顔面蒼白ながら呼吸を忘れそうになりながらもこうして料理写真を撮っていた。まさに機械的だ。我ながら哀れなほど滑稽だ。

皆既日食には殊更関心はないが、この日は命拾いしたカプセル体験として私の記憶に刻まれた。

 

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