dapoerpane路地裏ミルクバー

穀物粉とスパイスの日常開扉

広い地に多様性が詰まって交錯している中から出会い掴みたい味

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チャイニーズ・フード。これは何かと言ったら、そういうことになる。オンラインで中国料理店を探して、出前を頼み、それが届いて、段ボールから無造作に取り出し並べた図だ。

それぞれ少しずつ取って盛り合わせてみる。この他に魚介と野菜のスープもあった。

 

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ここは多種多様な人種が集まる北米の地なので、集客のために当地の客が求める味の傾向に馴染むよう変化を加えている店が多いが、この店は経営者が育った出身地の料理をほとんどそのまま出しているという。

そうなのか。そうか。と、含みがありつつも淡々と頷いているのが我が家の面々の感想となる。我が家の面々は暮らしていた国それぞれの地にあるチャイナタウンで中国料理と出会い、その時期は様々で、自分の中の中国料理象なる物は各々異なっているのだ。

私が口火を切る。これ、台湾の長距離列車の記憶と繋がる味だわ。とか、なんとか。すると、いや、これはマレーシアの片田舎の中国系食堂で食べたのそのまんまな気がする。とか、なんとか。そんな調子で各々が自分だけの記憶を辿って行く。

 

 

はたしてそもそも中国料理とは、などという壮大で難解な疑問は呈さないに限る。気軽に手を伸ばせるのに、壮大なのだ、難解なのだ。自分に起きた出会いをそれだとしておくのが精一杯ではないか。

そんなふうに片付け落ち着かせていた折り、知人から1冊の本を見せてもらう機会があった。その本『THE REAL FOOD OF CHINA』については何度かあちらこちらで聞いていたが、手に取ってみようと思いつつもこの時まですっかり忘れていた。

中を覗くと、あぁ驚いた。興奮した。生まれ育った東京でも、いま暮らしている地でも、どうしたって見つけられない、かつて住んでいた地で馴染んでいた中国料理それが頁の中に収まっているではないか。

書店に駆け込む。しかし在庫は無し。ネットでざっと探したら、新品は今まで買ったことない業者でしか扱いがなく、古本でも料理本にしては安くない値が付いている。購買層は狭く、それを実際に熱心に読む読者層となるとさらに狭いだろう。そして、価値はそれほど落ちていない。さらに興味を深めたくなる面白い現象だな。

出版元に問い合わせたところ、(一時的に!)在庫なしだと。へぇ~。一時的って言ったって、何かを機に盛り上がらなかったら再版しないでしょうよ。それで、そんな可能性薄でしょうよ。

 

顛末。いわゆる処分市の一種だろうか、期間限定の破格値で新品を手に入れられることになった。ネットで決算済み。指定の場所に取りに行くのは約1週間後。